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プロフィール
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蘭々
性別:
女性
職業:
学生
趣味:
いろいろ
自己紹介:
B'zをこよなく愛します。
歌ったり絵かいたり文章かいたり自然に浸ったりするのが大好きです。
好きなことがありすぎてやりきれてないバカです。
最近はタイピングをまた真面目にやってみたいなとか思いつつ適当にしかやらないダメ人間です。
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最近はタイピングをまた真面目にやってみたいなとか思いつつ適当にしかやらないダメ人間です。
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| 音楽・絵・文章・打鍵。
好きなものはたくさんあるけどほどほどにいろいろやってく蘭々の日記です。同人要素たまに。女性向けだよ。注意。
興奮しまくってて文章と思考が支離滅裂です。わかってます。考え方が宗教っぽくなって怪しいのはわかってます!(笑)
けど哲学ってものを考えるなら宗教は切り離せないよねーああ宗教学やりてぇっぇえええとかなってます蘭々です。 以下イマイさんへの私信です! PR 死を考える事は、まだ私にとって早すぎると思っていた。
考える事が早すぎるのではなく、文章にするのが、早すぎるのだとも思っていた。 けど違うか。 一定の年齢になって、死を考えて、かくわけではない。 多くの事を考えて経験をつんで、死のことをかくわけではない。 みな、考え始めた瞬間から、死を考え、考え、答えがみつからずに、 考え考え考えぬいたすえに、長い時間をたって、必然的に歳をとって、死というものをかくんだ。 だから私が死を考えるのは分相応じゃないとか、力不足とか、そうじゃない。 今考えるべきなんだ、考えて、たくさんかいて、毎日毎日私の考えを更新しなくちゃならない。僅かでいい、僅かでいいから更新して、それでやっと形を見つけていかなくてはいけない。 何て莫迦なことをかんがえていたんだろう。背伸びをしていると思って恥じるなんておかしかったんだ。背伸びじゃない、ぴったりじゃないか。私の身長にぴったりのことをしていたんじゃないか。 私は何て莫迦なんだ。 私は日記に書いた考えを、あんまり消していない。非公開にしちゃってる事はあるけど、その時一生懸命本気で書いたものは、消してはいない。 それが一年以上前で、その考えが見て恥ずかしくなるほどおろかであったとしても、消してはいない。 私の考えだからだ。間違っていても、私はこんな考えをしてたんだなって、思えるから。恥ずかしいような内容でも、私が更新されていることを、リアルに感じる。喜びだ。 私が目標に向かっている。 早すぎると思っていては、駄目だ。みんな、若くから考えているんだ。若くから考えているからこそきっと、深いんだ。きっと大人になってからなんて考えてたら、毎日の多くを考える時間に割かなくては、一生のうちに死を考えぬくことなんてできやしない。 死をちゃんと決定できるなんてことないのかもしれない。どんなに早く考えはじめても、そんなもの字を打てなくなるまでに見つからないのかもしれない。 けど、この貴重な若い時間に、考えないのは損だ。私という人間が今この瞬間、この時間、この日に、この年齢で、考えたことがわからないのは、とても損だ。大損だ。 私は常に更新されていたい。それを目標に生きているっていってもおかしくない。 そして古い自分を振り返りたい。17歳が、何を考えるのか。 17歳だった私が、どのような考え方をしたのか。 それは間違いだらけだったとしても、ゆるぎないものがそこにあるはずなんだ。 考えというものに、本当に間違いと定義できるものはきっとない。 考えというものは、その人の、世界でもあるんだと思う。 その世界に間違いなんてものはないんだから。 その人の世界の中において、間違ってはいない。その世界はきっと、18歳の私にはもう踏み込めないんだ。 外の人になっちゃう。干渉できない。 ふしぎだ、ふしぎだ、人間って不思議だ、 何より私という存在は不思議だ。 一分一秒でも、過ぎれば、私は私に干渉できない。 私は多くの人間の世界の中で間違った考えをいくつも繰り返したとしても、私という世界の中で、それは一切間違っていないんだ。その瞬間の私の世界で。 おかしいことだと思う。もし私が私だけだとしたら、この世界は本当に私だけで成り立っているとしたら、それってぞっとする。 ぞっとする。いい意味でも悪い意味でも、ぞっとする。 ああ興奮している、タイプがとまらない。収集がつけられない。興奮している。 少し考えてからレスします…!有難うございます!
ていうか、死というものの恐怖を考えるにあたって、やっぱり死自身の定義をほったらかしにして考えてみて~…なんていうのはムリだったのだろうか。 確かに、哲学的思考にとっていいものじゃないのかもしれない。(仮定とかじゃなくてそういうものを超えてしまっている) 曖昧なままで考えようとするとこうなるのかなぁ。ううむ。 考えって突発的だものね。 正直私が尤も考えたくない(考えてしまうけど)というのは「死ぬって何か」 これって極論だと思うのね。人の人生を、「生まれて生きて死ぬ」って順番に並べるのなら、もうどうしようもないというか。 私という人間っていうか、生→死 と、人間がすごしてゆくとするなら、すべては死に集約されるわけだよね。 じゃあ何を考えたって、「まあ結局死ぬんだし」って片付けちゃうことって可能なんだよね。 何を議論しても、どんなものを定義づけようとしても、私、自己を考える上では、死っていうもののまえに、すべてが集約されてしまうといっても過言じゃないと思うんだ。 だって自己が進む道が「生まれる→生きる→死ぬ」としか決められてないと言うことができるのだから。 死が必然だとか、死は避けられないだとか、死は当たり前に訪れるとか。 死を、人間の最後だとするなら、それは当たり前って思われるだろう。(一般に言われる生物学的死?を考えるなら) でも死って定義されてないよね。 心臓が止まっても、全脳死しても、あらゆる反射が身体に見られないときでも、 死ってちゃんと定義されていない。心臓と息が止まれば死なのだろうか? 死を考えるので嫌いなのは、生命倫理も踏まえなければならないところだ。 脳死問題なんて特にだ。あんなにも揺らぐ余地のある「死の定義」なんて。 死が怖いとか、確かに単純に私たちが、それこそ感覚的に、本能的に捉える範疇の(深く突っ込んで考えずに身近に感じられる)「死」は避けられないものなのだろう。みな、死ぬのだろう。死なない人間は居ないのだろう。 けど死って何だ?って考えたとき、私たちは本当に死ぬのだろうか? 生きる事と死ぬことの境って、何だ?そもそも、私たちは生きているのか?生の終わりを、死と考えていいのだろうか。必ずしも死の始まりは生の終わりであるのだろうか。 そうではない。死は既に始まっているものですらある。私たちが生まれた瞬間から死は始まり、私たちが生きている間にも、死はそこに居る。 確かに居る。私たちが生まれる前にさえ死は生まれているのかもしれない。もちろん、自己の死だ。 そして生というものを考える時、主に生物学的に死と定義される状態に人間が陥ったとき、それは生の終わりであるのだろうか? あなたにとって、死って何であるだろうか。心臓が止まれば、死なのだろうか。大脳が止まれば、死なのだろうか。瞳孔が開きっぱなしなら、死なのだろうか。意識がなければ、死なのだろうか。 脳死状態は死なの?では植物状態は、死ではないの? 両者とも、意識がないに違いない。私が言っているのは、脳死と植物状態の定義の違いなんかじゃない。その定義において、それが「死」と「生」に分類される、その理由だ。 今の私にはよくわからない考え方もあった。それは本当に感覚的で、まるで哲学じゃないような。「心の中に生きている」なんて表現は、文学的であると思っていた。 でも「心の中に生きている」なら、「その人間は死んでいない」なんて事に繋がるという話を聞いたときは、本当に、理解しようとはしたけれど、まだよくわからなかった。今ですら、よくわからない。よく、考えてもいないんだろう。 話が飛躍しまくってるような気もする。ただ、生命倫理に飛んだり、医学的な定義の話に飛んだり、哲学的な話に飛んだり、統一性に欠いたもので、それは別々に考えるもの、とすら捉えられるような気もする。 でも違うよね。多分。死を考えるにあたって、こんな違う立場から見たってって思うかもしれないけれど、どの立場だって、ちゃんと死を定義できてないよね。 私は、死ぬってよくわからない。死ぬことが怖いのがわからないのは、死ぬとは何かがわからないかもしれない。 ただ、今、この世界で定義されている死は、曖昧だ。 それが正しいようには、あまり感じない。 朝からムカっ腹立ってきた。不愉快だ。
今日は夜回り先生の講演。うわーい。お手紙書きたかったけど手首切ってるだけに目立ちたくないのでっていうかめんどかったので何も書いてません。 昨日は知らんうちに寝てた…手首乾いてます…くぁ…とりあえずワセリン塗ってきた。 昨日弟が怪我しましたー。剣道の授業だったはずが何か急に変更になって卓球になったんですって。んで、はだしのまま卓球場。 まず裸足のままっていうのが色々おかしいような気もするけど。 そんで、怪我したらしいです。卓球台で。二時間目の事です。 卓球台、折りたたみできるのね。(語弊あるかもだけどまぁそんなもん)それが普通に設置した状態から足が畳まれて、弟の足の上に落ちたのね。 足の指が一本折れて、爪が2枚はがれて、痛みは三週間くらい残るらしいです。 うわーとかおもったけど、いい加減にしろと思うのがその次の授業(三時間目)に私の卓球があったにも関わらず何も知らされてなかった。 てめ…受験生が怪我したらどうしてくれんだよ!つーか一人怪我したら学習しろ…注意喚起するとか、当たり前じゃないのか… 学校での事故なんで保険がおりるはずですが、書類渡されただけ、監督の先生のサインが居るのにうちには全く連絡なし。 一言も連絡なし。大丈夫ですかの一言もなし。つーかその先生、出てこねぇ。 い、いいいいい加減に…wwwwww 非常にむかついています。学校早く行って文句言ってやろうと思います。文句っつーか書類書くからテメー出てこいよっていいます。めちゃくちゃ慇懃に。 こんな早い時間は先生も居ないと思うので(ていうか誰先生かわからない) 担任か、朝早くに居る教頭に言おうと思います。教頭マンセー(こういう時だけ) あーはよ化粧せな…(←)地味にマジメな格好していかなきゃ文句垂れにきたみたいに思われるね。実際文句なんだけど。 うちの学校、裾から出る長さのカーデ着るな!とかいってきます。 私の制服の裾からカーディガン出るのが気に食わないらしいです。 うっせぇSサイズだ。
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